こんにちわ。はじめてブログというものをしてみることになった者です。本、映画、アニメの紹介などをば・・・。古くて脈絡のないリストになりそうですのでご了承ください。

 ティム・ワイナー「CIA秘録」文春文庫

 CIA というと、万能の諜報機関、国家的陰謀の黒幕といったイメージがあります。陰謀論でもCIAの名前は常連ですね。(本書によると、リチャード・ニクソン大統領は1960年の大統領選挙で自分がケネディに負けたのはCIAの陰謀だと本気で信じていたそうです)CIAの活動内容はその性格上、当然秘密のベールに覆われていますから、より一層そうしたイメージが膨らんでいきます。

 本書に描かれているのは、「万能のCIA」とは程遠い、60年に渡る失敗と愚行の歴史です。

 1947年に設立されたCIAの使命は情報を収集、分析し、国家の危機を事前に防ぐこと、いうなれば「真珠湾を繰り返さない」ことでした。ところが、CIAは設立早々から本来の使命そっちのけで、敵地に工作員を送り込んだり、外国の政権を転覆させたりといった秘密工作に邁進します。本書上巻の前半では、急ごしらえの秘密工作がソ連に事前に察知され、多くの工作員が逮捕、処刑される様子が描かれます。ところが、グアテマラ、そしてイランで(ほとんど偶然)政権転覆に成功すると、勢いづいたCIAはアレン・ダレス長官と秘密工作責任者のフランク・ウィズナーの下、秘密工作は拡大していきます。アイゼンハワー大統領がまとめさせた、CIAの活動についての秘密報告書が本書で初めて陽の目を見ていますが、そこにはCIAの秘密工作の実態が克明に記されていますが、文書には秘密というもののもつ魔力についてこう書かれています。「陰謀をたくらむのは面白い」この文書には、外国での秘密工作が現地のCIA局員(「自分たちの存在を正当化するためにいつも何かをしないではいられない聡明で成績優秀な若者たち」)が上司に無断で勝手に実行しているともあります。お上に逆らって行動する若者はフィクションならヒーローですが、実際には現地の「いい加減で気が変わりやすい連中」に振り回されて失敗し、アメリカの評判を落としているだけでした。

 他方、アレン・ダレスは情報分析を軽視し、ろくに力を入れませんでした。信じられないことですが、CIAは冷戦時代の最大の敵であるはずのソ連政府にスパイを送り込めず、相手側の自発的な協力者頼みでした。そしてその多くがCIA内部のスパイによって通報され捕まってしまいます。こういった諜報部門の弱体化によって、実際にはCIAは歴史的大事件の多くを事前に察知できないか、警告を無視されました。ソ連の原爆実験、朝鮮戦争の中国の参戦、ベトナム戦争テト攻勢イラン革命ソ連アフガニスタン侵攻、サダム・フセインのクェート侵攻、そして9・11・・・。こうした失敗によって失った大統領の信頼を回復しようとして、事態はさらに悪化します。大統領のお気に召すように情報をねじ曲げてしまうのです。前述のニクソンら政府内部のタカ派の圧力によって、CIAはソ連の力を過大評価し、核ミサイルの保有数を実際の倍に膨らませました。冷戦の末期にはソ連の政治や経済は崩壊寸前だったにもかかわらず、アメリカは敵の力はどんどん強大化していると思い込んでいました。(タカ派にはそのほうが都合が良かったわけですが)CIAはその思い込みを正すことはできませんでした。この傾向はイラク大量破壊兵器にまつわる大失敗につながっていきます。

 さて、本書の読みどころはこうした秘密の魔力を、抽象的な議論ではなく、それに取り付かれた人々の姿を通じて描いているところでしょう。CIAの秘密工作を推進した初代国防長官ジェームズ・フォレスタルは精神病院から飛び降り、フランク・ウィズナーは猟銃で頭をぶち抜くという末路をたどります。そうした人間の一人として、一般には理想主義者と思われているジョン・F・ケネディ大統領も登場しますが、彼にまつわる章は本書でも最も衝撃的な内容です。

 CIAが計画した、キューバカストロ政権打倒作戦の失敗(いわゆるピッグス湾事件)の雪辱を晴らそうと、ケネディはCIAにカストロ暗殺を命じます。

 1963年、ケネディが暗殺され、犯人のオズワルドが逮捕されると、CIAは彼がソ連の諜報員と接触した証拠を発見します。しかし、CIAを震撼させたのは、その中にカストロ暗殺を実行するはずだったキューバ人の名前があったことでした。彼はカストロの二重スパイだったのでは? そこから得られた結論はCIAにとって恐ろしいものでした。「自分が狙われていることを知ったカストロが、報復としてオズワルドを送り込んだのでは?」結局、CIAはこの疑惑について口をつぐむことにしました。

 本書の著者であるティム・ワイナーはニューヨーク・タイムズ記者で、CIAなどのインテリジェンスについて長年調査し、1994年にはCIAの自民党への秘密献金の存在をスクープしたこともあります。出所不明の怪しげな情報にたよらず、政府の内部文書、歴代のCIA長官をはじめとする関係者へのインタビューといった膨大な情報ソースがすべて巻末に提示され、一読しただけではとても信じられない内容を含んでいる本書に信ぴょう性を与えています。この「CIA秘録」を読んだ後は、CIAだけでなく「機密」とか「安全保障」を見る目も変わってしまう、そんな本です。